#32《村夫子然となっていた私》
                                      
                                                             2007.12.25
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“村夫子(そんぷうし)”という言葉がある。
“村夫子”とは田舎の学者先生とか田舎の物知り・知識人などのことを言い、どちらかというと“田舎の・・”を強調し、余りいい意味には用いられてはいない。

この言葉については、最近やたらとTVに出てくる、
 
 ・体形は太目で、猫背、はと胸、猪の首の三拍子が揃い、
     ・顔は丸顔で、断じて都会人には間違えられることは無く、一見して“田舎の方”と分かる風貌の顔をして、
     ・言葉は、中国地方北部(日本海側)特有のずーずー弁が少し入った訛りのそのままでしゃべり、
     ・そして、少し学者風に理詰めで会見や答弁している、

“某防衛大臣”を見て、これを思い出した。
まさに“村夫子然とした風貌”そのものが当てはまる大臣だと思い、今はこの大臣のTV会見、国会答弁を見る度に、この言葉を重ねて某大臣を見ている。

そして、この言葉は“自分には決して当てはまらない”ものと思っていた。

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ところがである。49陽会の45周年の同窓会の2次会の会場で、少なくとも45年以上はお会いしていない同期の女性の方から『貴方は、某防衛大臣ではないですよね? やっぱり、それにしても余りにも良く似ているので、何で某大臣がここに来ているのかと、最初はびっくりましたわ。』と言われてしまった。
このとき、それがいくらジョークであったににせよ、言われた私の方も、私が日頃“村夫子”と思っている、あの防衛大臣に見間違えられるほど変貌していたのかと、びっくりし、少なからずショックを受けた。

そのあとに化粧室に入り、視点を自己中心から他人の目に変えて、某大臣の顔を想像してから、鏡の中に写っている“我が顔、容貌”を眺めてみると、言われたとおり、某大臣に似ているように思えてきた。また、ショックである。

普通、生身の自分の顔や容貌は鏡を通してのみしか知ることができない。
人は毎日、鏡の中の同じ顔、容姿を見ているうちに、自己中心の“自分のイメージ”が固定してしまい、他人から誰々に似ていると言われても、なかなかそれがわからず、認めようともしない。つまり、自分というものは、自分が自分を見るのと他人がみるのとは随分隔たりがあるということだが、どうやら私も“ジコチュウ”の過分な欲目で自分をみていたのかも知れない。

さらに、毎日眺めている鏡の中の自分も、少しずつではあるが変貌しており、これも40数年間という長い歳月を積み重ねれば大きな変化となる。
しかしこれは、日頃気づかない程度にゆっくりした変化であることや、これにもまた“自分はまだまだ若い“、”それほど老けてはいない“などの自分勝手の欲目が加わり、大きく変化した実際の容貌が分からなくなりがちとなる。
私も、毎日見慣れている私の顔形は、それほど変わってはいないと思っていたが、卒業以来久しぶりに会った同窓生が言うには、私の顔形はもちろんのこと、体形も原形をとどめない程に変形してしまっているとのことである。

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もちろん、大きく風貌が変わったのは、私だけではなく、皆がそうであった。顔形、体形、頭の髪など全てが大きく変貌しており、同窓生にあったときに、40数年前の高校時代のかすかな面影をもとに思い出してみるが、なかなかすぐには思いださせない、会場では、

『なんだ君だったのか、よう変わったな』
『君こそ、変わっとるやんか、最初見たら誰かと思うた』
『そうか、俺、そんなに変わったかな 』
などの会話があちこちで入り交じっていた。

これらの様子を見ていると、同窓会というのは、40数年間という長い空白の時空を、一瞬のうちに飛び越して来たかのように、同窓生同士を引き合わせ、相手の驚くほど変貌した姿を見て、自分も同程度に変貌していたのかと知る、その機会をも与えているように思えた。

それにしても、高校3年の時は体重50kgにも満たなかった細身の美少年(??、ま、これはないか)を、45年という歳月が、今の“村夫子然とした風貌“に変えてしまった現実に、歳月の持つパワーの恐ろしさを、まざまざと思い知らされた。

***再会そして新たな出会いの場***

私は勤務先の関係で、これまで長い間、同期やクラスなどの同窓会には参加することが出来なかったが、3年ほど前からクラス会や年次の同期の集まりに参加し、この集まりの中で皆と懐かしく、再会し、また新たに同期生を紹介してもらって旧交を温めている。
そして、親切で良く面倒をみてくれる素敵な安本(久美子)さんと知り合ってから、さらに仲間の輪が広がり、今では家内なども入れてもらい、ハイキングなどに誘って戴き、楽しんでいる。

また、先の45周年記念同窓会の中では、遠方から見え“私を某大臣みたい”とおっしゃった同期の女性の方も、私の“某大臣風の特異な風貌”が縁となって初めて話を交わし、この他にも、これまでお互い全く面識の無かった何人かの同期生も紹介され知り合いになった。まさに、今回の同窓会も“新たな出会い“の場であった。
このたった3年間ではあるが、私も同期の色々な集まりに参加してから、随分仲間も増えた。これらの集まりをアレンジしていただいた世話役の方々には感謝・感謝の気持ちで一杯である。

こうして考えると、同窓会というのは、お互い元気であることを確認しあう場の他に、何十年ぶりの“再会”の場を与え、さらに“新たなる出会い”の場を与える集まりともいえそうである。

仕事や子育て等が一段落して余裕ができ、これからの余生を如何に楽しく過ごそうかと考えている時に、気心が知れて付き合え、一緒に遊んでもらえる仲間が身近に沢山いることは、非常にありがたいものである。
この身近に気心の知れた仲間を増やすとなると、やはり同世代の者からとなるが、これには高校時代の同窓生と昵懇になるのが一番ではないかと思う。

であるから、次の50周年記念同窓会の案内が届いたなら、これまで同窓会に見えていない方も、元気な内は事情の許す限り、進んで参加することをお勧めしたい。
 

***50周年記念に向けて***
 

さて、次回の定期的な同窓会は5年後の50周年に開催することが決まり、その代表幹事に10組の門田君が決まった。
これは10組のみならず皆のバックアップが必要であるが、それと同時に我々があと5年元気でいて、全員で参加することが何よりも先ず大切である。
そのためには、日頃の健康管理である。
この健康管理について、先日89歳で亡くなられた金田先生の米寿の祝賀会の折に、先生より『長生きの秘訣は“先ず無理をしないこと、何事もほどほどに”に尽きる』というワンポイントアドバイスを受けた。
これからは、(少なくとも、5年後皆元気で再会するためには)、我々もこの“ほどほどに”というのを常に心がけて行動することが必要なのかもしれない。

 

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そして5年後、これは高校時代に後戻りしてから見ると、卒業後50年目にあたり、まさにBack To The Future 2012”での再会である。そのとき、お互いどのように変貌しているか、その“再会”と“新たな出会い”、いまから50周年記念同窓会が楽しみである。

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